しかし暑いです。最近、社会人になってからよくアニメを見るようになったといういい歳をしたリアル知人から「異世界転生とか仮想現実多すぎじゃね?世界観設定とか甘すぎじゃね?」という感想をきいた(きかされた)。個人的には、自分自身が楽しく見れればなんでもよし、そもそもアニメが大量に放送されてるこの時代は、ある意味夢見た理想世界。違和感で楽しめないというのであれば、見なければよいのでは?と思うのだけれど”モノ申したい”という意志には一種の生命力を感じて尊重してみる。思いのほか同様の感想をもつ人も少なくないようなので、考えてみた。
また、リアルに感想をくれる人と同様に、ネットでも同じような意見交換が散見される。この手の感想は漠然とではあるけれど、年配の人が多く持つ感想のように感じる。
曰く、
・同じものばかりで飽きた。個性や意外性を見たい。
・歳を取ると時間が貴重になる。(主観的に)つまらないアニメを見て無駄に時間を消費したくない。
・チート能力やゲーム機能の現実化に納得できる説明がない。違和感があって感情移入できない。
・「ガチャのように運だけで活躍する主人公に自身を投影して楽しむ視聴者」に対する不満。(現実はそんなに甘くないぞ説教したい欲求的なものか?)
うーん、どこかの管理職かな。
なんとなくこれらは、作品に対する自らの感受性の低下を嘆く感想、のように感じてしまう。
部下の良いところも見つけてあげてほしい。
こうした感想の解釈として、
・世の中にはいろいろな創作物が溢れており、自分にあった作品に出会う旅もまた楽しいもの。そういう労力を割かずに話題になったり手近にあるものを手に取っているので、そういう感想になるのではないだろうか。
・視聴者の幅も広がっており、年月とともにいつしか自身がマジョリティから外れてしまっていることに対する寂しさの発露なのかもしれない。
・また、テンプレを下敷きにお話を作るのは古典的かつ基本的な手法(シェイクスピアなど擦り切れるほどに)。アレンジそのものの変化には着目しないのか。アイドルがみんな同じ顔にみえているのではないか。
・Web小説はフィードバックも創造サイクルも最速で最前線。商業化のメリットからもここからアニメ化している作品が多いのもまたトレンド。原典にのみ込められたバックボーンなど、話題についていけてないという部分もあるのではないだろうか。
また、ジャンルにはファンの成熟度というのもあるのだと思う。60〜80年代のアニメもいい加減な設定だったがファンが独自考察したり、そうしたファンが大人になって深い設定を積み重ねた作品を生み出すようになったりもした。初めてアニメを見る人にとってはキャッチーなキャラが入口であり、そういう人がまた成長して新しい作品を生み出す側に回る、というサイクルの一局面が見えているだけのようにも思える。(エンタメ指向↔リアル指向循環)
そう考えるとアニメを通して一昔前(10〜20年ぐらい?)の先輩たちの世界を見ているのであり、同世代はまだしも実際にジェネレーションギャップを感じている人たちには同様なギャップをアニメに感じるもの致し方ないことだろう。
ビジネス的な生存戦略としては長期的な投資を得られる層を視野に入れることは自然な流れと思う。すこし寂しくもあるが、こればかりは仕方ない。
これからの世代が面白い!と盛り上がれるようなコンテンツがいつの時代も元気であってほしい。