螺鈿の姫

b168d折角のお休みに家に引きこもっても「なんだかなぁーだよ」なので高山へ小旅行に行ってきた。

(そういえばHPの日記でも以前に高山へ旅行に来た話を書いた気もします・・・調べてみると2003年のGW、丁度12年前でした。嗚呼12年・・・orz)

例によって行く先の当てもなく前日に宿だけ手配して出かけたのはいいけれど、高山に行って何をするのか。
前回は”夜に到着し古い町並みを散策した”と日記には書いてあるが、さすがに詳細が思い出せない。
今回は昼間にあの町並みを散策というわけで早速ネットで調べてみる(前回と比べ、どこでもネットに繋げられる世の中になって便利さを実感)。
・・・ふむふむ、なるほど。高山はアニメ『氷菓』の舞台なのか・・・ということで早速聖地巡礼。飛騨牛串焼きやみたらし団子などを食べながら舞台となったスポットを散策。
アニメの聖地巡礼っていうのは既に21世紀の文化となりつつあるけれど、旅行の楽しみ方としても割と好きなのかも。もちろん近年のアニメ背景技術の向上自体もすごいのだけれど。さすがに高山の町自体はアニメで町興しっていう雰囲気ではなくて、歴史ある観光地としてそれなりの賑わいだった。

さて、高山といえば日本三大曳山祭ともいわれる高山祭が有名。年に二回の例祭で「屋台」と呼ばれる豪華なみこし(「山車」と同じものだが高山祭では「屋台」と呼称。日本三大山車祭の一つでもある)が神社の前に引き出されて昼夜と賑わう。町並みのいたるところにロボット兵でも格納しているかのような大きな扉を持つ蔵が点在しているのだが、お祭り以外ではその中に「屋台」が格納されているらしい。
その「屋台」を見たくなったので、町並みの外れに在る高山祭屋台記念館に行ってみた。ここには幾つかの屋台が実際に展示されている。実物を見ると手の込んだ装飾や飾りつけ、そしてカラクリ人形が仕込まれていてなかなかに凝っている(石橋台(しゃっきょうだい)の美女カラクリなどは有名)。
ここ飛騨の国では遥かな昔、中央の朝廷に租税の変わりに匠を送り出していたというくらいに木工の技工士集落だったらしく、その素晴らしい人外の技がこの「屋台」に結実している。

ところでそもそもこの「屋台」というのはなにものなのだろう、ということで妄想をめぐらせてみる。

お神輿というのは読んで字のごとく神さまの乗る輿であり、つまるところ神の乗り物である。
山岳地方ではふるくから山に神が依るという考えがあり、近隣の山々の神の依り代として「山車」「屋台」ということになる。面白いのはこの依り代(あるいは奉納物)に当時の近代技術の結晶が詰め込まれているということだ。「屋台」には木工・塗り・彫刻・金具・織り・染め・絵画・人形という職人芸の統合物であり、変形合体機構やカラクリ細工などを含めた一つの創造物として完成されている(シリーズとして23機存在している、という点を含めて)。

こういう一種スーパーロボット的なものを神に奉納するのだという考え方や、そもそも神と人との関係が日本と西洋とでは大きく違っているような気がする。
西洋にも絵画や彫刻、音楽に宗教芸術があるがこれらは神から与えられたものの発露だという印象がある。一方、「屋台」にはおれたちこんなものも作れるようになりました的な神を喜ばせたいという心を感じるしそういうところがあまりにも日本的だなぁと感じる。

実は、少女の姿をした山々の神が村の匠たちに「屋台」を作らせ、未知のカラクリで動作する戦闘機械であり、お祭りの日の夜皆が寝静まった頃神社の境内に辺りの山々から降りてきた少女達がそれぞれ各々23機のカラクリに乗り込み、その年のセンターを決める戦いを繰り広げる、といったお話なのかもしれない・・・という文章を書いてちょっとシエスタしてたらまったくその通りの夢を見る!(ちょっと便利な体質かも)彼女達の言ではなんでも壁面の螺鈿が波動エネルギーを生成するための機構であるとかなんとか。カラクリ人形も使い魔みたいでちょっと欲しいかも。素材が有機部品ばかりなので霊的な制御がしやすいっていうのもあるかもしれませんね。

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