ゴールデンドーンではなくてウルトラマリンデイブレイク
『群青の夜明け -最後の世界大戦-』
近未来、地球環境の汚染とエネルギー問題に直面する人類に状況を打破する一つの発明が誕生した。
ultramarine daybreak。フランスとスイスの国境に位置するエネルギー研究機構が化石燃料や核燃料に変わる全く新しいエネルギーの開発に成功。このニュースは世界を駆け抜け、全世界の人々はこの希望に満ちた発明を、組成往還時量子エネルギーを放出する際に発生する青色波長の可視光線と人類の新しい未来を掛けて”群青の夜明け(ultramarine daybreak)”と呼んだ。
世界に山積する様々なエネルギー問題はこの発明により解決するかに見えたが、新エネルギーを研究開発していた施設が実用実験中に突如爆発事故を起こしその実用化は大きく後退する。事故の爆発はすざまじく研究施設は国2つを道連れにしてその研究の成果と共に跡形も無く消え去った。
事故から数ヵ月後、ワシントンDCはポトマック川の上空に全長数キロはあろうかと言う巨大な未確認飛行物体が出現する。円筒形を横倒しにしたようなその形状は往年の葉巻型円盤にそっくりだった。北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の対応によりスクランブルする戦闘機の牽制を悠然と無視するそれは、その先端から怪光線を発しテンプル会堂を吹き飛ばし、すべての周波数帯で合衆国に対する無条件降伏の要求と宣戦布告が突きつけられる。ほぼ同時刻、同じ内容のメッセージが世界中の国家あるいは結社に対して通告された。
「…政府は戦争状態に突入したことを発表しました」
夏休みを利用して父親が勤務している式根島に来ていた量子(リョーコ)17歳は真新しい研究棟の一角でそのニュースを呆然と眺めていた。学閥一族として高名な科学者の両親の元で育った量子は幼い頃から天才的な才能を発揮し飛び級で海外の大学を卒業したのちは名誉教授として大学に席を残しながら式根島に新たに建設された大規模な研究機関でこの冬から研究を行う予定だった、叔母の残した新エネルギーの。
ニュースの音声をかき消すように爆音が響く。窓の外には空を覆うような軍用ヘリの群とそこから降下する武装した兵士の姿が見えた。米軍だった。またたく間に研究施設を制圧した兵士に向って抗議する研究員。手にしたライフルの柄でなぐり倒したのち、兵士は言った。
「先生さんよ、あの全世界にケンカをふっかけている少女な、”ultramarine daybreak“って名乗ってるらしいぜ」(*)
父は米兵から逃れながら量子をあるカプセルへとかくまう。それは欧州での事故を教訓として万が一事故が発生した際の緊急脱出機構だった。普通のシェルターと違い、それは其のカプセルはカプセル内の時間を凍結するものだった。
量子がカプセルに入ってすぐに、カプセルの扉は開いた。
カプセルは見知らぬ海岸に漂着しているらしい。夜明け前だろうか辺りは暗い。腕時計のライトにかざしてカプセルのダイアルを確認すると150年となっていた。
夜が明けると世界は一変していた。いや、表面上は何も変わっていなかった…正確には変わってなさ過ぎた。町があって人が住んでいる。学校や会社がある。そして、そこには無限無尽蔵なエネルギーが無償で供給されていた。必要なものは中央から無償で提供され、労働の必要はそこにはなく、競争も無くのどかで平和な社会が実現していた。国も無く戦争も環境問題もエネルギー問題もなくそこは正にユートピアだった。
ユートピアをもたらしたもの。それは”ultramarine daybreak“の無限無尽蔵なエネルギーだった。(つづく)
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(*)宣戦布告前の前に各国政府と未確認飛行物体との間で秘密裏に外交交渉が行われていたことを補足しておく。